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「われわれの研究態度をわかりよくいえば、眼前の対象物を千年前の事物と同様にキューリアスな存在とみているかのようなのである」(今和次郎『考現学入門』)

博士前期課程1年(M1) M1の間は、前期課程の2年間で30単位取らないと卒業できませんので、基本的にこの消化にあたることになります。調査実習やゼミなど、選んだ授業によって負荷が変わってくるのは学部と基本的に同じです。授業を消化した残りの時間は何をしても当然自由ですが、多くの人は自分の研究のために勉強するようです(研究が趣味だからだという意見も)。以下は私見ですが、初めての大学院の生活です。わからないことや不安もあるかと思いますので、その疑問を解消するためにとにかく色々見て、聞いて、体験して、将来どう過ごすかを色々考え、試してみるのがいいんじゃないかと思いますね。(K.S)
博士前期課程2年(M2) M2になると授業などはなくなるので、自由な時間の中で自分なりにモチベーションを保ちながら研究していくのが難しくなると思います。軸となるような文献を絞れば、それを夏休み終わりまでには読みながら、修論の土台となるような文章を書きためていき、冬が近づけばラストスパート、といった流れで過ごすというのが、一般的でしょうか。予定というものは思った通りに進まないのが当然なことなのかどうなのか、私は、気付けばそのような流れから外れてしまっていたようで、くじけそうになることも多いですが、身体だけは元気なので何よりです(健康第一!!!)。アドバイスをくれる先輩や友人が近くにいることはとても素敵なことだと、改めて感じる今日この頃です。(K.O)
博士前期課程2年(M3) 今M3です(制度上はM2)。M1のときは、興味の赴くままに好きな本を読み、自分たちで読書会も開く。M2に入って修論のテーマに専念。後半、進路に疑念を抱き、転向。就職活動を始める。民間就職の新卒としては、院卒一浪一留がギリギリの年齢だといわれます。初めから修士卒で就職するつもりなら二年で卒業できますが、途中での転向組はどうしても三年かかってしまうかもしれません。(年齢を考えると二年で卒業するに越したことありません。M1の段階で決断できるかどうかが重要。)就職先の決まった今は、修論に専念。今しかまともに研究できない、という強迫観念を抱えながら、締切に追われる毎日です。(M.)
博士後期課程1年(D1) D1での研究課題は大きく二つあるように思います。まず修士論文を元に投稿用の50枚論文をまとめることが第一の研究課題です。修士論文では、ひとつの素材(ひとつの著作、ひとりの著者、ひとつの事例など人によってさまざまです)を手がかりにして、自分の関心や問題を探りながら、そうした問題を解くための枠組みを理解する作業を行いました。今度は逆に、自分の問題や枠組みを中心に据え、それを論じるために素材を使いながら議論を組み立てる作業を行うのです。その過程で草稿を学会や研究会で報告し、論文を仕上げていきます。 それと並行して行うのが、第二の研究課題として、自分が所属する以外のゼミや研究プロジェクトに参加することで、自分が扱っている素材から少し離れた社会学を勉強することです。対象や方法が違っても社会学が社会を扱うことには変わりありません。異なる分野の見識を深めることは、より広くかつ効率よく社会学の共有財産を受領し、自分の研究の幅を広げるために必要なことだと思います。 D1では、修士論文に取り組んでいるときには曖昧だった多くのことが、徐々にですが、クリアになってきます。と同時に、他の人の研究を自分の関心と結びつけて読んだり、聞いたりできるようになるので、次第に勉強が楽しくなってきます。興味深いことに、ひとつの素材に絞り込んで追体験という形で修士論文に取り組んだことが、かえって、これまで馴染みのなかった分野の論文が面白く読めるようになったり、先行研究が理解できるようになったり、他の研究者と話ができるようになったりと、さまざまなこと吸収し、研究のモチベーションを維持するのに役立っているように思われます。もっとも、自分が知らなかったことがわかってくるにつれて次々と課題も明らかになってくるので、終わりなき戦いを覚悟せねばならなくなります。(T.T)
博士後期課程2年(D2) 博士課程に入ってもっとも大事だと思っているのは、研究のペース作りと研究の刺激を受けることである。前者は自助努力で何とかするしかないが、後者は環境によって左右される。博士課程で必要な単位はわずかなものであるし、学年が上がれば上がるほど、授業は取らなくなっていくので、研究会などに積極的に参加して刺激を受け続ける必要がとりわけ大きい。この点に関して私は幸運であり、優秀な先輩方との研究会によって学ぶところ非常に大であった。(M.S)
博士後期課程3年(D3) ハイ、ついにやってきました、D3。「大学院」最後の年ですね、いちおう。とはいえ、課程博士を取るための年限は、あと3年あるわけで、D3で博論を仕上げる理論系の院生は珍しいのではないでしょうか。じゃあこの学年は何をするんだ、と言うと、まずは、他大学の研究者との交流を広げたり、大学以外の社会活動に参加したりして、自分の研究をしっかり位置づけていく時期なのではないかと思います。「D3」となると、まわりの視線も変わってきます。「D1→がんばれよ」「D2→まだまだだね」「D3→そろそろだね…」とでも言いましょうか。前者2つとの明らかなテンションの違い(急降下)に、やや悲しくもなりますが、その分、研究会などで、研究者としての位置(役割期待?)を与えてもらえるようになるのは、うれしいことです。非常勤講師として、社会学を「学ぶ」だけではなく、「教える」立場を経験する機会も増えてくるでしょう。また、翻訳の仕事なども忙しくなります。何事も、慣れないうちは大変ですが、そこから学べる収穫はとても大きいものです。この一年の使い方は、もちろん、人によってさまざまだと思いますが、博士論文の作成へ向けて、複数の「課外活動」や人的交流を通して研究を深化させ、留学なども視野に入れた長期的な計画を立てていく時期なのではないかと思います。(T.W)
オーバードクター(OD) オーバードクターでは、一人の独立した研究者としての姿勢が問われます(もちろん不十分な点は数えきれないほどあるのですが)。したがって、研究テーマも自分で深めていく必要があります。つらい作業である反面、研究の醍醐味を知ることもできます。(A.H)
ポスト・ドクター(PD) 人と語る、話しを聴いて、さらにまた語る。博論を書いて一層楽しくなったのは、語り合うこと。就職とは縁遠いが、いろんなところで、いろんな人たちと語りあう機会は増えたようにおもう。ここ最近で楽しかったのは、フリースクールでの出逢い。なにかを感じ、考え、語り合う。そういう場をともに作っていけるのはすごく素敵。社会学というフィールドに10年近くいたけれど、そこで学んだ社会学的な「ものの見方」、それが彼らとのコミュニケーションの中で、新たな展開・意味を生みだしていく。彼ら自身が言葉を紡いでいくための道具として、社会学的思考が跳躍する。社会の見方が変わる。社会と自分との関係のとり方が変わる。そして自分自身が変わる。変化には不安や恐れもあるが、それも込みで、私たち人間に対する強い好奇心と想像力とを喚起する、このダイナミックな運動を楽しむ。博論を終えて、気づいたリズム。(K.K)
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